「なぁなぁ不二ー! もしかしてあの子が、不二の“初恋の子(ヒーロー)”?」
多少どころではなく、後ろ髪を引かれる思いはあった。
しかし確約された次があるお陰で足取り軽い、続く準決勝の会場であるアリーナへ向かう道中だった。
擬音を付けるならニヤニヤという音が合う笑みを顔全体に浮かべ、不二の隣に並んだ級友であり部活仲間の菊丸が、そんなことを訊いてきた。
先程共に出歯亀していた、菊丸とは不二を挟んだ反対隣を陣取る後輩の桃城もまた鏡映しのように菊丸と同じ表情をし、データマンと呼ばれる乾はノートを片手に言わずもがな。
少し先を行く手塚に関しては、後ろ姿のためよくわからないけれども。
そんな四人を順に見た不二は、緩みっ放しの表情にはにかみを加えて微笑した。
「うん、そうだよ」
「マジで!?」
「マジスか!?」
「ほう」
あまりにも素直な肯定に三者三様。それぞれ驚きを露わにする。
中性的と言うよりは女性的な顔立ちに滲み出る恋情は淡いのに艶やかで、不二が抱く恋心を如実に物語る。正に恋する乙女を連想させ、見ているこちらが恥ずかしくなるほどだ。
しかしながら、それにも勝る興奮と好奇心に菊丸も桃城も食い付き、乾は広げたノートに物凄い速さで書き込みを始める。
何しろこの不二周助と言う男。その整った顔立ちと穏やかで優しい性格から学年を問わず多くの女子に慕われているが、それだけなのだ。
女子側から不二に向けられる恋愛の噂は多々あっても、不二から女子側へ向ける恋愛の噂は何一つないのである。
その理由を知る者は不二と懇意にしているテニス部員でも極一部であり、菊丸ら三人はその極一部だった。――― 不二には小学生の頃から慕い続けている想い人がいるのだ。
「でもあの子、カッコイイって言うよりはキレイ系じゃなかったかにゃ?」
「そうだね、僕も久し振りに会ってびっくりした。だけど中身は変わっていないみたいだし、そこはちょっと安心したかな」
「連絡は取り合ってなかったんスか?」
「うん、そういう約束だったからね。でもまさか、こんなところで再会するとは思っていなかったから、夢みたいだ」
「惚れ直しでもしたか?」
乾の言葉に不二はきょとんと瞬き、直後に微笑する。
「僕の一番はずっと変わらないよ」
つまり惚れ直すまでもなく、初恋の相手にして曰く“ヒーロー”だと言う彼女の地位は不動である、と。
砂どころか砂糖を吐きそうになる何とも甘ったるい笑みで惚気られ、自分で振った話題ながら乾は閉口した。思わずノートに書き込む手が止まり、菊丸と桃城も「ゴチソウサマ」と言わんばかりの呆れ顔になる。
足取りに濁りのない手塚の様子に関しては、わからないままであるが。
しかし不二のこの恋には、いろいろと難関も難題も多そうだ。
嫉妬心を丸出しにして、絶叫と共に植え込みから飛び出した男然り。
その男に悪態をつきながらも、視線は不二ばかりか手塚も睨み付けていた後輩の男然り。
そして誰よりも手強い予感をさせた、凪いだように静かな表情とは裏腹な瞳に滾(たぎ)るほどの激情を秘めていた男然り。
乾はノートに隠した口許ににやり、弧を描いた。
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