ただただ、真っ白な空間だった。
眩いほどの色に覆われた視界は視覚からの認識を狂わせる。だからここがどのくらいの広さがある部屋なのか、そもそも壁や天井のある場所なのか、そんな判断すらつけられない。ただ一つ、座り込んだ足許の固さに地面があることだけは認識できた。
光りがなくとも視界を焼くこの場所には自分と、こんな場所では汚れにも見える黒ずくめのスーツを着た、声から察するに恐らくは男。そして視覚には捉えられない台座に並べられた五口の刀。
この状況が何を意味するのか、彼女には嫌と言うほど理解できた。理解できてしまえた。
――― 自分が人とは違うことを、彼女は生まれるよりずっと以前から理解していた。
誰に教えられたわけではない。ただ“そういうもの”なのだと、人の形が出来るよりも前から、彼女は知っていた。
だから彼女は、自分という存在の結末もまた知っていた。人ではあるがひとではない自分は、人としての結末も、ひととしての結末もまた、迎えることはない、と。受け入れていた。抗う術はなく、そもそも、抗う理由がなかった。
何故なら“そういうもの”だからだ。世界は在るがままに進み、流れる。――― だが、その必定を覆すことが起こってしまった。起こされた。
「……、な……」
原因の一因たる男が語る内容は彼女の神経を逆撫でした。
けれど気付かぬ男は尚も語り、求める。助けて欲しいと。手を貸して欲しいと。我々がいなければ失われていたその命を、その存在を、この世界を守るために。
それは懇願に似せた要求であり、脅迫に等しかった。彼女ではなく、普通の人間が相手であれば。
「――― 巫山戯るな!!!」
瞬間、感情が爆発した。その性質から感情の起伏に乏しい彼女が珍しく見せた、明確な怒りだった。
それは波紋のように広がり、形となる。真っ白の空間に閃光が走り、更に視界を焼く。そして聞こえた鈴の音に彼女は息を呑む。景色を取り戻した視界には、それまでなかったいくつもの色が存在していた。
「俺は山姥切国広。それで、あんたの敵はどこにいる」
その一つ、彼女から最も近い場所にいた存在が口を開く。薄汚れた襤褸布を頭から被り姿を隠していたが、地面に座り込み見上げる彼女にはその顔がよく見えた。金色の髪に深い翡翠の瞳を長めの前髪で隠した、綺麗な顔立ちの青年だった。
これが一体どういう事態なのか、やはり彼女には嫌と言うほど理解できた。理解できてしまえた。その途端、今し方の怒りが急激に形を潜め、次いで彼女を襲ったのは深い絶望だった。愕然として言葉を失い、青年の問いに何も答えることができない。
けれど、青年はこちらの答を待ってはいなかった。
くるりと身を翻すと腰を落とし、左手に握っている刀の鯉口を斬る。その行動を彼女が理解するのと、青年が地を蹴るのはほぼ同時だった。人には到底体現できぬ速さで、青年は黒づくめの男へと肉薄する。
「止まって!!」
その刃が男を斬り付ける寸前で、彼女は叫んだ。
するとピタリ、刀を振るう腕が不自然な急停止をした。そのことに、彼女の顔はまたも絶望に染まる。
そんな一瞬の隙を衝くように、黒ずくめの男が何事か慌ただしく動作すると、突如景色が変わった。白一色だった天井は迫る夕闇に染まり、座り込んでいた地面は土色に。そこは見事な日本家屋が有する広い庭先へと姿を変えていた。
耳慣れない声の、驚きを示す声が聞こえた。彼女は憎らしいまでに晴れ渡る空を茫然と見上げ、込み上げた感情に蓋をするように顔を覆い、蹲る。抑え切れなかった感情が一筋だけ、零れた。